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シルバーハイツ札幌 羊ヶ丘だより

羊ヶ丘だより第87号 2018年10月25日発行

羊ヶ丘展望台へ 1・2番館 ケア課長 石田 久栄
 晴れ間の少なかった印象の7月。その曇天の合間を縫って2日(月)〜18日(水)までの間で、介護サービスを利用されている入居者皆様に声掛けし、さっぽろ羊ヶ丘展望台へドライブと散策へ行ってまいりました。曇り空だったり、朝方に雨が降った日もありましたが、どの日にちも散策中は雨に降られることもなく、羊たちが草を食む姿やクラーク像、さっぽろ雪まつり資料館、オーストリア館を思い思いに楽しんでいらっしゃいました。
 入居者様のおひとりは、お若い時にご夫婦で何度も羊ヶ丘展望台へ来た思い出を懐かしんで教えてくださいました。
 日程の最後の方の散策では展望台内のラベンダー畑の刈り取り体験の日と重なり、刈り取ったラベンダーを持ち帰り、お部屋で香りを楽しむ事ができたと、入居者様も大変喜ばれていらっしゃいました。
夏まつり 1・2番館 フロント 阿部 舞
 7月21日(土)、1番館ロビーにて夏まつりが賑やかに開催されました。
 当日は、お天気にも恵まれ気温の高さと入居者皆様、ご家族皆様や職員による熱気も手伝って熱い夏まつりとなりました。
 スイカ割りに見立てたくす玉割りでスタートし、程なく、入居者様によるカラオケと詩吟が始まり力強く素敵な歌声をご披露いただきました。
 その後は、『福引千本つり』、『コーラ早飲み大会』、『テーブル対抗じゃんけん大会』、『アメ探しゲーム』、『有名人クイズ』、『サマージャンボ宝くじ』が行われ、『コーラ早飲み大会』では、「がんばれー」と大きな声援が送られ、挑戦者の真剣勝負にも増々力が入りました。
 また、『アメ探しゲーム』は、粉が入ったボウルの中に隠されたアメを手を使わずに探し当てるというもので、入居者様1名とシルバーハイツ3ホームの施設長3名が挑戦し、粉で顔を真っ白にしながら白熱した戦いを繰り広げ会場を大いに沸かせました。
 そのほか、会場にはオタフクソース様によるミニお好み焼きの実演や、ヨーヨー釣りコーナー、わたあめコーナーが設けられ、浴衣姿の可愛らしいお孫様と入居者様が、割り箸にわたあめを巻きつけ、どんどん大きくなっていく様子を嬉しそうに 「上手にできたよ」「すごいね」などと話されながら楽しまれている姿もあり、職員も楽しい気持ちになりました。
敬老会・お誕生会 1・2番館 言語聴覚士 浅石 建二朗
 樹々の葉先も色付き始め、視覚的にも秋を感じさせる季節となりました。
 去る9月17日(月)、レストラン味彩にて敬老会とお誕生会を同時に開催しました。
 今年度は、百寿1名、白寿2名、米寿8名の入居者様が賀寿を迎えられ、職員や他の入居者様からお祝いの言葉が掛けられました。
 またゲストとして、水戸黄門にも出演されて里見浩太朗さんから指導を受けた舞台俳優の皆川宗徳(みながわむねのり)様をお招きし、職員と即興の寸劇では笑いが巻き起こり、その後には懐メロを一緒に歌いました。
 中には、「子供の頃を思い出しました」と嬉しそうに語る入居者様もおり、拍手喝采にて幕を閉じました。
 いつまでも皆様の心に残る敬老会となれば幸いに思います。
ロビーコンサート 3番館 総務 畑山 優子
 8月17日(金)、八月のお誕生会のお祝いとして、「アロハイナ」の皆様にお越しいただきました。
 ハワイでは女性の正装とされる「ムームー」を身に纏い、南国の雰囲気を漂わせ、華やかなフラダンスをご披露いただきました。
 坂本九さんの「見上げてごらん夜の星を」や東日本大震災復興支援ソングの「花は咲く」に合わせ、入居者皆様も一緒に手を動かしながら踊ったり、職員が飛び入り参加し一緒に踊ったりと、終始和やかな雰囲気で、入居者皆様の満足そうな表情が印象的でした。
 どこか懐かしさを感じつつ、心に染みるパフォーマンスでした。
敬老会 3番館 総務 棧敷 典子

 9月17日(月)敬老の日に毎年恒例の敬老会を行いました。
 今年は訪問美容ディチャーム様により、賀寿者の方にヘアーセットとお化粧のサービスを行っていただきました。サービス後にお部屋から出てきた時の入居者様のお顔は、ちょっと照れたような、嬉しそうな素敵な笑顔ばかりでした。
 最初は以前3番館で勤務していた職員が開いているピアノ教室の生徒さん達によるロビーコンサートが行われました。おしゃれをしたかわいい女の子達の演奏に入居者皆様をはじめご家族や職員も目を細め、笑顔と拍手がロビーいっぱいに広がりました。  その後の祝賀会では賀寿者と9月のお誕生者の紹介が行われ、記念品の贈呈やお食事会などで入居者皆様一緒にお祝いをしました。
麻雀の取り組みについて 3番館 作業療法士 大隅 絵里子
 3番館では、機能訓練指導員とケアマネジャーが一緒に月・水・金曜日の午前中に集団体操やレッドコード体操(スリングを使用した体操)を行い、その他の曜日は脳トレや物作り、午後は機能訓練指導員が、個別で入居者様の機能訓練を行っています。
 機能訓練指導員の会議で、1・2番館や中島公園を見学する機会があり、その際、1・2番館や中島公園では麻雀が出来る環境が整っており、入居者様が麻雀を行なっている姿を見て、3番館でも出来ないかと始めたのが、現在の三階食堂兼居間での麻雀です。
 麻雀は脳トレはもちろん、手指の運動、集中力を高める、視覚や音の刺激など、リハビリテーションとして優れた活動とされています。試行錯誤の中、メンバー集めや場所の選定等、色々な問題を解決していきながら、現在の形に落ち着きました。週に1〜2度、食卓を麻雀卓として使用し、皆様が一喜一憂しながら時間を忘れて楽しまれています。
 ゆくゆくは、もっとたくさんの入居者様が、麻雀卓を囲みながら会話が出来る、場所づくりが出来ればいいなと思っています。
新入居者様のご紹介 3番館 ヘルパー主任 耳塚 章子
 今年4月15日に、ご夫婦で入居されました 辻 悟郎様は、書道や楷書で短歌を書く事がお好きで、いつも私たちに楽しいお話と優しい声掛けをして下さいます。悟郎様から、直接ご入居の感想を書いていただけるとお話がありましたので、ご紹介させて頂きます。

想い出の「この地」 辻悟郎

九月六日の地震による被害を受けられた皆様に心よりお見舞いを申しあげます。

朝焼けに映える中に6羽のはとが飛んでいる。私は、心の平安を覚える。

 四月十五日から老後の安心を見つけ、夫婦で百八十歳がお世話になった。快適な環境と介護サービスを受け、期待した優しさが毎日続き「有難う」の言葉が毎日続いている。
 3番館の玄関前は、空港から道北方面への物流道路だが、幾重にも樹木に囲まれ騒音が気にならない。
 ここ「東月寒」は、兄と姉が生活した懐かしい想い出の地。
 兄は昭和十五年の春、現役新兵として月寒の部隊入営、努力して幹部候補生として盛岡予備士官学校へ入学。卒業して、原隊に復帰、見習士官となり陸軍官舎を与えられた。やがて、少尉に任官。
 私は学徒動員で空知方面の援農に従事。終了しての帰路。電車・バスを乗り継ぎ、夕暮れに官舎へ。おふくろに「ただ今」と言ったら涙が出た。
 この官舎の横に一本の梅の木。たわわに実をつけ、収穫しては、漬けて、干して、予期しないものがお膳に上がり、家族が喜んだものだ。
 3番館に入居した今は、朝は体操、般若心経を唱え、啄木の句を毛筆で書き、館内に掲示をしている。
花火大会鑑賞会 中島公園 総務 三上 ひろ子
 7月27日(金)、一般棟14階スカイラウンジにて豊平川花火大会鑑賞会が行われました。
 天候に恵まれて期待も高まり、多くの入居者様が参加されました。
 ドーンという音とともに花火大会のスタートです。
 ピースマークや魚の形など多彩な花火に歓声と拍手で盛り上がりましたが、夜空に広がる大輪の色鮮やかな花火が大きければ大きいほど歓声も高く暑い夏の風物詩を楽しまれていました。
夏まつり 中島公園 ヘルパー 井磧 美恵子
 去る8月8日(水)「夏まつり」が開催されました。
 華やかに飾り付けされた会場と、職員のはっぴ姿や浴衣姿で、活気に満ちた夏まつりとなりました。
 会場の飲食コーナーには、屋台風のお店がずらっと並び、お寿司、お蕎麦、たこ焼き、おでん、ポテトフライ、スイカ、アイスクリーム、綿あめ、ビールなど、お祭り気分を盛り上げる沢山の美味しいお料理が振舞われ、大盛況でした。
 また、駐車場を開放してテントを張り、椅子を置き、側で焼き鳥を焼き、ビールを飲みながら食べることもできました。外の風に当たりながらビールを飲むのは気持ちが良いと好評でした。
 ゲームコーナーでは、金魚すくい、ヨーヨーすくい、景品の当たる的当てゲームなどがあり、順番を待つ行列もできていました。
 職員のラムネ早飲み競争、最後にはビンゴ大会があり、入居者皆様に景品が当たり、歓声が上がっていました。
 楽しそうな笑顔と、温かい拍手の中で、無事に閉会を迎えることができました。
玄関の花飾り 中島公園 施設管理 増永 秀樹
 今年も正面玄関前にプランターを置いて花を飾りました。
 入居者皆様の喜んでいただける顔を思いながらいろいろな種類の花を寄せ植えました。
 入居者皆様だけではなく、外を歩く方々にも足を止めて眺めていただいたりしている所を見かけると、綺麗に手入れをする喜びも感じます。
 短い期間ですが、皆様に季節を感じて喜んでいただきました。
七夕飾り

中島公園 施設長 西潟 俊行

 今年も、8月7日に中島公園の入居者様は思い思いの願いを短冊に込めて七夕を楽しまれていました。短冊には健康に留意した願い事が多かったようです。やはり、元気が一番。いつまでも健康に暮らしたいものです。
 また、この日の夕食は五目ちらし、七夕そうめん、ゆず味噌田楽、玉子豆腐、デザートをご用意させて頂きました。
 七夕について入居者様同士語り合いながら楽しく召し上がっていらっしゃいました。
 そういえば最近『ろうそく出せ出せよ♪ 出さないとかっちゃくぞ〜♪』と子供たちの大きな声が聞かれなくなってきたように感じます。いつまでも日本の伝統行事を大事にしていきたいものですね。
定山渓鉄道 其の三

※上記、昔の写真は札幌市公文書館所蔵

 戦争が始まると定山渓鉄道の利用客は激減した。社員は戦争に招集され、さらに物資がないために故障車両を修理できないなど、苦しい時期を過ごした。
 戦争が終わると定山渓はまた訪れる人々で賑わい、定山渓鉄道の利用客は以前にもまして増えていった。
 数年後、定山渓鉄道に暗いかげりが見え始める。国道230号線がきれいに整備されたことにより、自動車を利用する人が増えたためだ。定山渓鉄道のバス事業はどんどん伸びていったが、電車事業は反対に衰退の一途をたどっていた。
 このような状況の中、1966(昭和41)年10月、北海道警察本部より踏切での事故を防ぐために20ヵ所以上の踏切を立体化するか撤廃するかを求める勧告を受ける。
 また、1972(昭和47)年2月に開催が決まった札幌オリンピックに合わせて地下鉄南北線が計画されたが、平岸から真駒内間は定山渓鉄道線上を走る計画であった。
 札幌市による鉄道用地買収の申し入れを、 1967(昭和42)年12月に、受け入れることになる。これらが定山渓鉄道の運命を決めることになった。
 定山渓鉄道が廃止される直前の3日間は、先頭に「さようなら」と大きく書かれた花電車が走り、 1969(昭和44)年10月31日を最後に、“豆機関車”が煙を上げてから51年を経過して、定山渓温泉と沿線の発展と歴史をともに築き上げてきた定山渓鉄道は、惜しまれながらも静かに幕を閉じた。

9月6日 北海道胆振東部地震の報告

1・2番館 施設長 川中 誉代

 豊平区は震度5弱でした。
 地震直後に館内放送にて注意を呼びかけ、夜勤者で入居者皆様の安否確認を行い、いつでも避難できるように居室の扉を開放しました。
 箪笥が倒れた居室もありましたが、幸いにも怪我なく皆様の無事を確認しました。
 館内は停電、断水となり、エレベーターも停止しました。
 その後、自家発電でエレベーターは復旧しましたが、今後の停電時間が予測できない事もあり、電力を維持する為に、自家発電を止めたりしながら復旧状況を見守りました。
 食事は、可能な食材で急遽献立を変更し、階段で居室へ3食お届けする事ができました。
 また、トイレの水を流せない状態なので、6階大浴場の浴槽から水を汲み、居室のトイレの貯水槽に入れるなどの対応をしました。
 休みの職員も急遽駆けつけ、職員一丸となって非常事態を乗り越えようと対応し、地震の当日の15時過ぎには2番館、17時30分頃には1番館の電気が復旧となり、入居者皆様、職員、電気の有り難さを痛感いたしました。

3番館 施設長 鵜入 美津子

 9月6日3時8分、3番館も激しい揺れとともに停電、断水となりました。
 暗闇の中、夜勤職員、そして応援に駆けつけた職員が全居室をまわり安否確認をしました。仏壇やテレビが倒れていた居室もあり、廊下には鉢植えが散乱しているところもありましたが、入居者全員の無事を確認できました。
 情報が少ない中、職員が協力し、飲料水・生活用水の確保と運搬、食事の提供、灯りの確保、非常時用医療器具の提供、透析が必要な方の病院の受入確認、病院受診の変更、そしてご家族様へ無事の連絡などを行いました。そんな中ご家族様からの支援物資なども頂き、大変有難く思いました。3番館は電気復旧が遅く、7日午後6時半に灯りがつきました。
 今回の地震の経験を糧とし、更に災害への備えについて考えて参りたいと思います。

中島公園 施設長 西潟 俊行

 シルバーハイツ中島公園がある中央区でも震度4の地震を観測しました。職員が手分けをして入居者様の安否確認を行い、全入居者様の無事を確認しました。
 しかし停電となり、エレベーターがストップ、照明もすべて消え非常用照明のみとなり、3時間後には緊急コール使用不可となりました。水道水は一般棟で断水が発生、介護棟では断水にはならず、水の確保が出来ました。
 食事は、物流がストップした為、食材の調達が困難となり、急遽献立を変更しましたが、3食提供することが出来ました。
 エレベーターと緊急コールが使用できず非常階段を使用する事となり、迅速な対応が出来ず、余震と停電の中、入居者皆様は不安な夜を過ごされたと思いますが、定期的に職員が訪室し、声を掛けさせて頂きました。
 電気が復旧したのは9月7日午前3時50分、電気復旧後、すぐに設備(エレベーター等)の動作確認を行い、全面復旧となりました。